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December 27, 2011

新幹線+レンタカーの悦楽

お正月やお盆には、家族旅行をよくします。

その際、車を持っていない時代が長かったので「トレンタ」と言われる、新幹線や在来線で最寄り駅まで行って、そこからレンタカーを借りて、温泉や観光地を回って、またレンタカーを返して列車で帰ることが多かったです。

ここ数年、独立してから平日も移動をすることが多くなったため、車をリースで常時持つようになり、トレンタをすることが少なくなったのですが、この年末の旅行で娘が

「新幹線に乗りたい」

と強く主張したので、久し振りにトレンタしました。

そうしたら、車なら2時間はゆうにかかる距離が、ひかりで1時間弱。そして当たり前ですが、ぜんぜ疲れていない。待ち時間や乗り換え時間を合わせても、十分にメリットがあります。

最近はレンタカーもほとんどの手続きがウェブで済んでしまうので、行ったらすぐに借りることができますし、だいたいナビもETCも装備なので、ほとんど困ることはありません。

もちろん、車を運転すること自体が楽しい、という人も多いと思いますので、効用は人それぞれ違うと思いますが、やはり、渋滞なし、そしてトンネルなどにより現地まで直行できるという鉄道の強さを感じた一日でした。

いろいろな乗り物を組み合わせて、楽しく、ストレスない旅行をこれからも追求していきたいと思います。どちらも上手に使いたいですね。

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December 23, 2011

バイクその後

普通二輪をとってから9ヶ月、大型二輪をとってから7ヶ月がたちました。

その間、事故の骨折でYahooのトップニュースにはなるし、私のバイク乗り換え遍歴が一部のバイクファンの不興を買って、ひたすら2chでバイクに関するツリーが立ち上がるは(詳細はさすがに読んでいません)で、びっくりする毎日です。

それでも、なんやかんやで、免許とってから、2日に1回はバイク、乗っています。自転車、車との併用です。私は自転車もけっこう乗り換えて、マドンにたどり着いたので、バイクも中古市場があるのでいろいろと乗り換えをしていたのですが、それが、なんかバイクへの愛着が薄いようにとらえられてしまい、不必要に波紋を呼んでしまったと思います、すみません。

そうはいっても、いまでも電動スクーターと普通のスクーター、そしてDucatiのDiavelを愛用しています。課題は駐輪場の少なさで、昨日も秋葉原と新橋で歩き回りましたが、「持ち歩く地下鉄」くらいの気分で割り切って、駐輪場から目的地まで10分くらい歩くのは普通だと考えています。

あとは、事故以来、再発しないよう、せっせとライディングスクールに通っています。KRSさんの他、今日は、ホンダライディングスクールさんに行ってきました。10時から4時まで、1時間のお昼休憩を除いてみっちりと小回りの訓練、1日で膝がすっかり笑うほど、ニーグリップしました。

私は渡辺奈都子さんに習った選択理論で、やはり、飛び抜けて

自由
楽しみ

の欲求が強く、他の欲求、生存、愛・所属、力、の3つがほとんどゼロに近いので、一人で楽しく旅ができるバイクというのは、ほんとうにツボだったのだと思います。

たまたま、近くにあまりバイク乗りがいなかったので、42歳まで免許を取りませんでしたが、ほんと、40の手習いです。

憧れていたジム・ロジャーズ氏の「Investment Biker」、これはジムが各国を大型バイクで巡って投資先を探す旅なのですが、ちょうど、ジムが誕生日のお祝いのメッセージくれたので、この写真を送って「バイクの免許とったよーーー」と言ったら、とっても喜んでくれました。

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24日は名古屋のモーターショーで片山右京さんと講演ですが、こんな、乗り物への熱い想い、一緒に語ることができたらと思います。

きっと、松尾芭蕉も当時、乗り物がもっと豊富だったら、はまっていたことでしょうね!!

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バイクの駐輪場問題~秋葉原で40分さまよう私

今日は、秋葉原のパセラで忘年会でした。前の仕事がバイクが必要だったので、バイクで会社を秋葉原にちょうどよく着く時間に調整して、のんきに秋葉原目指して走っていきました。

途中、銀座や日本橋など、混むエリアもあったのですが、無事、開始時間の10分前に秋葉原到着、
おーーー、これなら忘年会ふつうにまにあうぞーーーと思ったのですが、そこからが大変でした。

まず、目指していた駐輪場が見つからない!!

検索サイトで、丁目と番地まではあったのですが、号がなかったので、うっかりと違う方に行ってしまって、そこから駐輪場を探すのに一苦労。うろうろしてらちがあかなかったので、一度バイクを駐めて、パソコンを取り出して地図を確認。

あーーー、こっちなんだーーー、と思ってUターンしてもどったら、「二輪満車」の表示が赤くピカピカと輝いてしまいました。ひゃーーー、ここいっぱいなんだーーーー。この時点ですでに、忘年会の開始時間オーバー。

気を取り直して、あらかじめ調べておいた、別の駐輪場に向かうことにしました。しかし、ナビにいれてもその指示が曲がれないところを曲がろうとしたり、すぐにGPSをロストしてしまうので、結局そのまわりを2回転くらいして、やっと、お目当ての駐輪場が出てきました。

とにかく、バイクの駐輪場の一番大きな問題は、数が少なすぎて、会合の会場から数百メートルから1キロくらい、遠くになることがあると考えます。一方、車のための時間貸しはいつでもどこでもあります。とにかく、数がまったく異なります。

今回、こんなことをやっていて、すっかり会合に遅刻してしまいました。EVも充電が少ないから普及しない、という話と同じにように、バイクの駐輪場所が少ないから普及ない、とシンプルに考えればいいのかと思います。

あとは、国内における二輪をどこまで権限・責任を拡げるのか、ぜひ、国内の競争力強化に貢献できるような形で、規制側にも立体的に考えていただきたいと思いす。

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December 13, 2011

宮城県石巻市訪問2日目。みなさんの話を直接もっともっと、聞きたい、広めたい。そして継続的な支援を。

石巻訪問の2日目のまとめです。初日の内容はこちらにあります。

宮城県石巻市訪問初日。被災から9ヶ月たちました。- 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!

石巻を中心に被災地支援をしているJENさんにChabo!やグレの寄付金を活用していただいているので、活動地を訪問してきました。今回で2回目になります。今回も1泊2日です。

泊まりは、石巻に宿泊地を見つけられなかったので、隣の東松島市に滞在しました。ホテルにはたくさん、県警の方が応援にきていました。

はじめ、ホテルの方から「ケンケイさんが多いんです」と言われたときに、まずはケンケイが聞き取れなくて聞き直し、そして、さらに、ケンケイという言葉を聞いても?、だったら、「県警さん」ともう一度言ってもらって、ようやく納得でした。

全国から応援に来ているのですね。被災直後から夏にかけて、被災地に行ったときにはまだ信号が壊れているところが多く、多くの信号が警官の方の手旗信号で代用されていたのを思い出します。

東松島はその絶景で有名な場所、そしてだからこそ、津波の被害も大きかったのです。
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津波の避難場所に指定されていた野蒜小学校には多くの人が避難しましたが、ところが野蒜小学校の体育館は高台でなかったため、避難先で津波にのまれてしまったのです。校舎の高い方に上がった人たちが「そこだと危ないからこちらへ」と叫んでいたということですが、それは十分に届きませんでした。標識を見ると、確かに野蒜小学校は避難場所に指定されていました。
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海岸沿いの線路はまだ壊れていて、電車の搬送がちょうど行われていました。
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東松島から再び石巻に戻り、今度はJENさんが企画している、仮設住宅の側のお茶会に参加しました。
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石巻の各地からみなさん、仮設住宅に移住してきているので、コミュニティの再生が必要であり、JENがコーディネイトして、横のつながりを助けています。今回はこちらで、実際に被災にあった方たちの貴重な肉声を、じっくりと聞くことができました。

・避難するときにはリュックにいろいろなものをいれたけれども、よく考えると実は必要がないものだけれども余裕がないので身のまわりのものを詰めただけだった、

・結局、津波が早すぎて避難所に行く暇がなく、なんとか自宅の2階で難を逃れたものの、自宅で水に濡れて寒く電気もガスもなく、途方に暮れていて、たまたま近くで自家発電があった企業が光っていたので、近所の人たちがそこに集まって緊急避難所になって、そこの関連会社から物資が届いて、一息ついたけれども、寝るところがなくてパイプ椅子だった

・その企業の社長さんも、自宅が流されているにもかかわらず、毎日、「おはよう」と明るく声をかけ、避難してきた近所の人や社員さん、その家族を受け入れ、他の地域の関連会社からミルクやおむつを優先的に送ってもらっていた

・お気に入りのカバンや財布が、5回も6回も洗っても、なかなか塩が抜けなくて困って、でも愛着があるから捨てられなかった

などなど、本当に生活に密着して、そして、でも、私たちが聞くことで地震・津波の恐ろしさを語り継げることができるお話をたくさん聞いて、なんとか、このような話をもっともっと、多くの人に聞いてもらえないかと思いました。

それから、津波に向かって避難してしまったことで、児童の7割を失うという悲劇のあった大川小学校を再訪しました。そこには、供養のための碑ができていました。涙で見えなくなりそうでしたが、黙祷をさせていただきました。
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市内では、通常の10年分に当たる量のがれきの処理が続いています。まず分類しないと、その後の再処理も進まないのです。大変な作業です。
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雄勝は本当に、何もなくなってしまったので、来る度に驚きます。例えばこちらは、コンビニの跡です。わずかに残ったのは学校の構造だけ、民家はすべて流されました。20メートルの津波がきた地区です。
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雄勝の打ち上げられてしまったバスも、そのままでした。一方、町は復活に向けて、歩み出しています。私も5月に雄勝中学の子どもたちに、授業をさせていただきました。
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その後、旧女川町立病院を訪問しました。こちらは、高台にあるのですが、その高台の1階部分にまで津波が到達してしまい、駐車場に避難していた方々が、避難していたにもかかわらず、津波にのまれてしまったのです。車をたまたま、津波に向けて駐車をしていた人たちは気づいていち早く逃げ出しましたが、反対向きに止めていた人たちは気づくのが遅れて、被災してしまいました。
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市内には、まだ大変な量の車がこちらも処理を待っています。
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帰り際、ちょうど、お茶会で聞いた「避難所になった」という「ヤンマーさん」が見えました。はじめ、「やまさんにお世話になって」と何度もおっしゃっていたので、「やまさんとはなんですか?」と尋ねたら、「ヤンマーさん」でした。こちらの社長の浅野さんは、石巻の商工会議所の会頭を務められていて、初日にお話ししたばかりでした。人の縁を感じました。ヤンマーなので、発電機があったのです!!
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さまざまな場所を訪問し、たくさんの方と話をさせていただいて、最後に被災地の産品を集めたお歳暮の見本とパンフレットをいただきました。
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東京にいる私たちがとにかくできることは、JENのような現地で直接支援をしている人たちを支援すること、そして、なるべく被災地の雇用創出に役立てるよう、消費をしたり、アイデアを出したり、そして忘れないように、みなさんの話を聞いて、語り継ぐこと、もどかしいようですが、できることをできる限りしていきたいと思います。

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December 11, 2011

宮城県石巻市訪問初日。被災から9ヶ月たちました。

12月の7日、8日の1泊2日で、石巻で支援事業をしているJENの拠点を訪問してきました。被災から約9ヶ月がたっています。石巻に来るのはこれが3回目です。

同行者は、Chabo!の支援をしてくださっているディスカヴァー21の干場社長と、光文社の新書編集長の森岡さん、そして被災地支援バーを開いてくださった、銀座のバー、グレのママの山口さゆりさんです。こちらでは、Chabo!のお金や、被災地支援バーで集めることができた寄付金の一部をJENさんの事業資金活用していただいています。

仙台駅前は順調に建物も直ってきていて、人通りも震災前のように戻っていました。しかし、駐車場などの地面をよく見ると、まだまだ地震の影響が残っています。
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そして仙台から車に乗り換えて、石巻市へ。石巻市は市町村合併でとても大きな市になっているので、中心地と、沿岸部では1時間くらい車で走ることもあります。

9ヶ月がたち、夏の頃のように道にがれきかおちていたり、加工工場からあふれた魚やその材料がすごい異臭を放っていた頃とはことなり、道もすっかりきれいになり、においもまったくなくなっていました。しかし、それでも多くの家がまだまだ、取り壊しを待っている状態です。そして、町のあちこちにまだ、がれきや廃車が残っています。
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JENはこちらで仮設住宅のためのコミュニティスペースを提供したり、沿岸部の被害がひどい地域への漁具支援などを行っています。

今回、JENの石巻所長の小暮さんの被災した家の中に入って被災した家の様子を中から見せてもらいました。小暮さんは津波から夫婦で車で逃げ、渋滞の中、裏道を使って高台に上がることで九死に一生を得た方です。

多くの方が、車の中で亡くなってしまったのを目の当たりにしたそうです。ご自身も、逃げたあとで交通が分断した地域に他の車とともに取り残され、数日間、ほとんど食べ物も飲み物も無い状態で、自衛隊の救助を待ちました。

まず、目立つのは、こちらの時計。ちょうど、津波の到達した時間で止まっています。1階は天井の上まで、完全に津波にのまれました。
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お風呂場も、どこもかしこも、砂だらけです。これでもずいぶん、みなさんが手伝ってきれいにしてくださった後だということでした。もちろん、もう住むことはでききません。
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石巻の市内には、このように倒壊は免れたけれども、もう住めなくなって取り壊しを待っている家が何千軒もあるめそうです。ただ、がれきの処理がまだ追いついていないのと、どこに代替して住むかという都市計画がまだ完全には定まっていないので、いまはこのままになっています。
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沿岸の工場地帯も地面の陥没がひどいため、このままでは再稼働できないので、わずかな企業しか操業をできていません。
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そして漁港も同様に、地盤が下がって船着き場が壊れたり使えなくなっている上、商売道具である漁網や魚カゴ、牡蠣だななどが流されてしまっています。JENでは、そういう沿岸部の漁業を営んでいる人たちに、魚カゴと魚網の提供をしています。
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この魚網も、完成品はなかなか品不足で手に入らないため、材料を買ってきて、その材料を地元の方に提供し、地元の方の手で網を編んでもらいながら、完成品と材料の差額のお金を当面の生活資金としてもらうための日当としてお渡ししています。さらに、若い世代のひとは編み方を知らないため、ベテラン漁師さんに習いながらの作業です。

私も生まれて初めての漁網作りにチャレンジしてみました。13目通して、しばって目を作って、しばって、4回おきに浮きを入れて、など、慣れないとなかなか大変な作業です。この網ではシャコを捕ります。生きたまま取る必要があるので、大変繊細な網です。
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この地域は牡蠣が主力産品で広島より出荷高が多い位なのですが、牡蠣棚は1セット200万円くらいする高価なものなので、まずは漁網で牡蠣棚を買える資金を貯めていきます。この漁網も、1反は7000円くらいですが、1つの漁港の集落には500反とか1000反の分量が必要なため、漁網だけでも何百万円もの資金が必要です。

この気が遠くなるような作業とお金をJENさんは何とかして集めて、地元の人たちと共同で支援に当たっています。
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また、魚カゴも寄付をしています。こちらは1つ3000円くらいだそうです。これを10個以上、しかけて、タコやアナゴが取れるのを待ちます。
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ちょうど、グレのバーでワインやシャンパンを1杯3000円のチャリティーでお願いしていましたが、シャンパン1杯が魚カゴになるのです!!
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そして、仮設住宅付近では、さまざまな地域の人たちが集まってきているため、コミュニティの再生が必要です。そのお手伝いとして、JENではコミュニティスペースを建設して、そこに子どもや大人が集う場を提供しています。こちらは、日本ロレアルさんが資金を提供して作った、「Hana荘」というスペースです。子どもたちがたくさん遊んでいました。運営も、JENだけではなく、地元の町内会の人たちと連携しながら行っています。
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これまで、何十年、何百年とかけて作ってきたものを再生するわけですから、一筋縄ではいかないことはわかっています。それでも、多くの人の善意が集まることによって、一歩ずつ、前に進んでいます。

これからの課題は、地元の人に聞けば聞くほど、なんといっても「雇用の回復だ」と言います。漁業もまだ稼働が小さく、工場地帯はバリューチェーンが壊れ、そしてそのうち失業保険が切れ、がれきの片付けなどの仕事も少なくなってきています。

JENが中越地震の支援をしたときには、地元の農業の回復と、ウェブサイトを通じたお米の直販、後継者支援などを行い、地元の自立を見届けて事業を終了しました。石巻でも、同じようにこれからはもっともっと、雇用創造、価値創造の支援をしていくフェーズに変わってきています。

石巻の雄大な自然を見るたびに、何がもっとできるのか、みなさんと一緒に知恵を絞らないといけないと感じます。
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そしてJENの事務所に戻りましたら、なんとサプライズでお誕生日ケーキを用意してくださっていました。プレゼントは、地元復興支援のためのお歳暮セットです。
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これだけの縁と絆をいただいているのですから、これからもできる限り、支援に携わっていきたいと考えます。
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下記の2日目のブログに続きます。
宮城県石巻市訪問2日目。みなさんの話を直接もっともっと、聞きたい、広めたい。そして継続的な支援を。- 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!

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December 08, 2011

人にシャッターを押してもらうときの悩み~カメラのAFが合うまでの半押しをしてもらえる方法はあるか? (Ricohさんからのお返事を追記しました)

(Ricohさんからのお返事をブログの最後に追記しました)

ふだん、カメラは以下の2台のどちらかをよく使っています。

RICOH GXR
Panasonic DMC-GF2

自分で取るときには、GXRの50mmの単焦点で取るので不自由がないのですが、このカメラ、微妙に焦点が合うのが遅いのです。そして問題は、カメラの焦点を合わせる習慣がない人に取ってもらうときです。

何年もPanasonicを使っていたので、RICOHを持ち歩くようになって、あれ、なんで人に撮ってもらうとこんなにピンぼけになるんだろう、ということに気づいたのが割と最近でした。

そして理由がわかったのが「あーーーー、このカメラ、焦点が合うのがちょっと遅くて、かつ、焦点が合わなくてもシャッター下りるんだ」ということでした。自分では無意識にピピっとなるまで半押しして、シャッターを押さない癖があるのですが、ふだん、コンパクトカメラなど、焦点がすぐ合うか、携帯のように焦点がシビアでないカメラしか使わない人は、こちらも無意識にぱしゃっと、焦点が合う前に押してしまうようです。

GF2の方は、焦点が合うのがもう少し早いのと、シャッターが焦点が合わないうちには下りにくいので、そんな不自由はありませんでした。

でも、50mmの単焦点の使い勝手がいいのと、WBがAutoに設定した場合、Ricohの方が上手なので、できればこっちで人にも撮ってもらいたいなぁ、と思っています。

一応、プレAFで近いところにいくようには設定しているのですが、それでも暗いところとかはピピをやってもらわないとうまくいきません。なので、人に撮ってもらうときに、「焦点が合うまで待ってください」というのか、あるいは自分でスナップ距離か、あるいはMF設定で距離を合わせてから渡すのか、はたまた、はじめからそういう機会が多いときにはGF2を持ち歩くのか、でしょうか。

グレのママの2日目、GXRだったので写真がピンぼけだったので、3日目はPanasonicに切り替えて、WBだけ手動で設定して、あとは焦点は事なきを得ました。

・カメラの性能
・撮りやすさ
・スピード
・自分以外の人の扱いやすさ

など、いろいろバランスをすること、ほんと、難しいです。

みなさんはどうやって解決しているのでしょうか?

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2011.12.08 PM 10:03 追伸です。

朝にこちらのブログを上げたら、RicohさんからTweetいただきました。

以下、転記します。

Twitter / @RICOH_Camera: @kazuyo_k いつもご愛用ありがとうございます ...

@kazuyo_k いつもご愛用ありがとうございます。①ダイヤルを「SCENE」にする、②MENUを押して「ポートレート」に設定、③撮影設定「フルプレス スナップ」を「OFF」、という設定ならば、全押しでもピントが合ったところでシャッターが下りますので、ピンボケは減ると思います。

@kazuyo_k (つづきです)先ほどの設定を毎回やり直すのは面倒ですので、①「キーカスタム設定」で「マイセッティング登録」しておくことをオススメします。次回から人に撮っていただくときには、ダイヤルを合わせるだけでOKです。お試し下さいませ。

@kazuyo_k (つづきです)とはいえ、撮影者の方には、シャッターが下りるまでは極力動かないようにお伝えしておく必要があります。。。以上の方法でお試し下さい!なお、ファームウェアが最新(V1.44)になっているかもご確認くださいませ。bit.ly/u4zASu

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ポイントは、

・オートではなく、ポートレートモードにして、フォーカスが顔に合うようにする
・フルプレススナップをオフにして、早く全押ししてしまったときに、あらかじめ設定してあるスナップ焦点距離に合わないようにする
・設定をさらに登録しておくことで、人に渡すときにさっとその設定にできるようにする

ということで解決できるようです。

あとはゆっくり押してもらうとか、うまそうな人にだけ頼むとか、三脚を持ち歩くとか、タイマーを使うとか、いろいろな意見もいただきました。

少し私の方でもいただいた設定の他、創意工夫してみます!!

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December 07, 2011

東京駅そばのオートバイ駐輪場について悩み中~追伸あり

ふだん、出張で週に1回かそれ以上、新幹線に乗ります。

東海道新幹線に乗るときには品川駅からですが、東北新幹線や上越新幹線に乗るときには東京駅からになります。

山手線で行くことも多いのですが、荷物が多かったり、疲れて帰ってくると東京駅から乗り換えせずに直接帰りたいなぁ、と思うことが多いです。

あとなんといっても、朝、出発にギリギリになってしまうことが多くて、電車では間に合わず、しかも雨の日はタクシーも捕まらず、自家用車でいくこともしばしばありました。

今年からは東京駅に行く際、選択肢に電車、タクシー、車に加えてオートバイが加わりました(自転車は東京駅周辺は駐輪場がほとんどないので使いません)。

しかし、車に比べて、オートバイの駐輪場、本当に限られています。東京駅周辺では4カ所くらいしかありません。

一番大きいのは新丸ビルの地下の駐車場。ただ、ここ、丸の内なのにバイクは1日500円と格安なので、業務用の車や通勤の人たちにほとんど使われていて、行っても空いていないことが多いので、時間が決まっている新幹線に使うのは危険です。

確実に空いているのは八重洲東駐車場という、東京駅の下の駐車場。なぜ空いているのか、それはとんでもなく高いからです。新丸ビルが1日500円に対し、ここはなんと1日5000円。JRを乗るときには多少ですが、割引サービスがあって、それでも3400円。高い!! (ちなみに、車はもっと高いです。1日5000円)

さすがに、1日のバイク駐車料金が3400円はどうもなぁ、と思っていたところ、八重洲ブックセンターの裏に小さいのですが、タイムズのバイク専用駐車場があることを発見しました。こちらは、60分100円で、12時間ごとに最大700円。

ちなみにタイムズの場合、よく12時間まで○○円とか、24時間まで○○円という表記があって、それを越えると通常料金が加算されていくのですが、通常料金が12時間ごととか24時間ごとの最大料金を超えた場合は、その繰り返しになるようです。

ここに書いてありました。
Parking Information|駐車場ご利用案内

そうすると、1泊2日の出張なら、おおよそ36時間停めますから、700×3で2100円。これなら許容範囲かも。1日1400円なら周辺の車の駐車場相場(1日2400円くらい)より安いからいいなぁ、と思っていたら、1つだけ落とし穴が。

これも今回初めて知ったのですが、なんと、タイムズは48時間以内の駐車が原則のようです。それを越えると不正利用の張り紙がされることがあるとか。ひょーーーー。
Parking Information|駐車場ご利用案内

ちなみに、パーク王のHPでは同じような記述は見つけられなかったのですが、他の時間貸しの駐車場もやはり最長時間の制限あるのでしょうか? どなたかご存じですか? 検索してみたら、ル・パルクも48時間でしたが、お客さまセンターに電話すればこの限りでないようです。でも、ル・パルクはあまりバイクないんですよね。

もしパーク王に時間制限がないのでしたら、八重洲口からは10分くらい歩きますが、宝町にパーク王のバイク駐輪場があります。こちらはタイムズより少し高くて12時間で800円。丸ノ内鍛冶橋にも小さな駐輪場がありますが、ここは1日500円なので、やはりいつもいっぱいです。

なお、都営の八重洲駐車場もバイク受け入れてくれますが(入り口に表記はなく、中に入るとバイク駐車場があります)、こちらは車と同料金。なので1日3000円です。

と、ここまで書いて自分で整理できたのですが、以下の戦略が望ましいかと。

1. 急いでいない限り、時間にかかわらず、新丸ビルに駐車できるかチャレンジ(もっとも割安)
2. 1があいていなくて、48時間以内なら、タイムズでOK
3. 1があいていなくて、48時間超なら、パーク王か、八重洲東か、都営八重洲へ。ただ、パーク王は数日停められるか、確認中です。

こういう細かい違いに悩んだり、パズルみたいに組み合わせるの、大好きなんです。とはいっても、悩んでいる時間と、実際に節約できる料金が割に合うかどうかはわかりませんが、情報収集のよい訓練になりますよね。

追伸

こんなことを書いていたら、タイムズでもコールセンターに連絡しておけば大丈夫、ということを教わって、電話してみたら大丈夫、場所とバイクを教えてくれてくれれば48時間を越えてもいいということでした。

なので、1または2でOKということになります。ぱちぱち。

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December 04, 2011

デキビジ4本取り+お誕生会!!

デキビジ、2010年4月に始まってから、1年と8ヶ月になりました。

ほんと、わがままをたくさん聞いていただいて作っていただいたこの番組、私の大事な宝物です。

12/3土曜日は、ふだん1~2本取りだったのですが、年末年始進行もあり、めずらしく4本取り!! 朝9時から夜6時半まで、びっちりでした。

1本目は金子哲雄さん。がっちりアカデミーでずっとご一緒でした。
2本目はデーブスペクターさん。コメンテーターの大先輩です!!
3本目は弁護士の郷原信郎さん。スカッシュ仲間でもあります。
4本目は検察の裏金と戦い続けている三井環さん。微罪で裏金あかしを封じられ、大変な苦労をされた元検事さんです。

デキビジは毎週土曜日、BS Japanで夜11:30から放送していますので、ぜひ、ご覧ください。
BSジャパン 勝間和代#デキビジ

4本目の打ち合わせが終わったときに、急に打ち合わせ室が暗くなって、「御誕生日おめでとうございます」というアナウンスが始まりました。

「あれ、誰が誕生日?????」

と私はきょとんとしていたのですが、実は私の誕生日でした。実際にはもう少し先なのですが(12/14)、これが年内最後の収録なので、スタッフのみなさんが準備してくださっていたのです。

ちょっと見えづらいのですが、ケーキに勝間和代#デキビジという印刷があります。

そして歌の中で、ろうそくの吹き消し

お花もいただきました。うれしい!!

大きなケーキも、小分けにしてみなさんでいただきました。

たくさんの人たちとお会いして、いろいろなお話を聞くことができて、そういった仕事を多くのスタッフのみなさんが支えてくださっている、本当に幸せです。

松丸アナ、林アナ、そして制作スタッフのみなさま、本当にありがとうございます。

これからもたくさん、収録できますように!!

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