ネット上で「義憤」を表明するときに使う4つの手法をまとめてみました
先日のアンチの方々は「義憤」というキーワードから相手を攻撃する、いや、情報開示をする、というエントリーを書きました。
「まじめの罠」でまじめにアンチの方たちと会話をして、そのモチベーションは「義憤」だということがわかりました。- 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!
その後もまだ、amazonでのやり取りは続いています。
Amazon.co.jp:クチコミ:一般の読者はどう思うのか
これまでの考察を一歩進め、「義憤」をどのように表現するのか、代表的な具体的な4つの手法をまとめてみました。
1. 自分の考えを、「一般の人」「知性のある人」「男性」など、他の大きなカテゴリーに置き換えて、その代表であるかのようにコメントする
ポイントは、自分はこう思った、で終わるのではなく、自分かそう思ったのだから、みなもそう思っている、と切り替えるところです。あるいは、自分の感じ方は、多数の人にそうである、という類推を表明します。
例:
あなたは本当に共感力や社会的常識のない方なのですね。「有名人」となった今ではそれで許されるのでしょうが、有名人になる前の時代はさぞかし周囲の人から顰蹙を買っていたことでしょう。
2. 全ての行動の中から、1つでも多くのミス・まちがいを指摘して、その人の信用力全体を否定する
このようなミスを行う人間なのだから、全てにおいて信用力がないだろう、と断定します。その時のポイントは、ひたすらネガティブなことだけをクローズアップすることです。
例: 著者の日本語の”乱れ”(例:福島原発被災者への”黙祷”、母親の年齢80歳を”喜寿”。その他枚挙に暇がありません。)。そして、決定的なのは文筆業としての文章力が絶無なこと、専門性はもちろん一般常識が皆無なことでしょうか。