« 前の記事 | トップページ | 次の記事 »

計画停電の東京を外出したときの気づき

計画停電の東京を、午後5時から10時半くらいまで、外出しました。私の歩いた、出かけた範囲だけかもしれませんが、とにかく

節電の心が思った以上に浸透している

ということでした。

まず、表に出て、すぐに気づくのが、全体的に街がいつもより暗いことです。その理由は以下の通りでした。

・街灯が光量を落としていたり、ついていないものがある
・看板系がみんな消灯している
・お店が半分くらいしかやっていない
・コンビニの看板がほとんど消灯している
・家の明かりも半分くらいしかついていない

そして、地下鉄に入ると、やはり、少し薄暗く、ダイヤは「休日ダイヤ」運行になっていました。薄暗いのは、広告の看板と駅名看板がすべて消灯し、駅構内の自販機も休止していたためです。

電車はもちろん、いつもよりかなり混んでいました。人が一番移動する午後5時台、6時台、7時台に土日と同じ本数だったら、それはキャパシティが足りるはずありません。しかも、人が動くその時間帯が一番、電力も逼迫する、難しいです。とりあえず、私が乗った地下鉄は、それでもすし詰めではありませんでした。

そこから、私鉄に乗り換えたときにびっくり。もちろん、時間がどんどん通勤時間帯になってきたこともあるのでしょうが、まず、ホームに入ったら、ホーム中、ほぼ一杯の人でした。

それでも、たまたま始発駅からまだ3駅目だったので、何とか1本目の電車に乗り込むことができました。それでも、2割くらいの人は次の電車待ちだったでしょうか。この駅で、この電車はほぼ一杯になってしまったわけです。

私の目的地はそこから約10駅くらいのところだったのですが、途中、いちばん問題だったのが、他の路線との乗換駅でした。

すでにこの電車がいっぱいですらか、乗換駅からさらに乗り込もうと思っても、せいぜい、1つのドアに5人くらいがせいぜいです。ところが、並んでいるのはドア当たり、軽く15人くらい。しかも、どんどんと人が到着しますから、見ていると明らかに、処理能力を超えています。

計画停電の顕著な問題点として

通勤・通学に事故が起きるレベルになるほど、人が電車・ホームにあふれかえること

と感じました。

ただ、そんなときでも、乗換駅で乗ってくるばかりで、ほとんど人が降りない駅で、かなり真ん中の方にいた若い女性が降りようとして、乗り込んでいる人たちが多くておりられず、もうすぐドアも閉まろうとしたその時に、同じ車両の乗客が一丸となって、その女性をなんとか押し出して、下ろすために団結していたのがとても印象的でした。

そして、車内の人たちも、本当に混んでいるのですが、「いやぁ、乗ることができてよかったねぇ」とおじさんが話して車内がなごむなど、ぎゅうぎゅう詰めなのですが、不思議な連帯感がありました。

私も前の座っているおじさんにずいぶんと、カバンをぶつけそうになったのですが、嫌な顔ひとつせず、じっとされていました。

別の駅では、下りようとしていた親子のうち、小学生の男の子が具合が悪くなってめまいがしたときにも、大丈夫か、大丈夫か、という声と、屈強な男性が2人で男の子を抱えて、アシストしてベンチまで運んでいました。

なんか、とても、不思議な空間でした。

もっとも、これがいったいいつまでもつのか。今は大丈夫でも、これが数週間、数ヶ月、半年と続いたときに、本当にこの雰囲気が保てるのか、私にはわかりません。

さまざまな資源が足りない中で、何にどう配分をするのか、どこにも正解はなく、試行錯誤の中で行っていくしかないわけです。

しかし、間違いなく、、通勤時間帯はもう少し電車の本数を増やさないと、安全問題・健康問題になると考えます。

そして皮肉なことに、私が帰りに乗った午後9時、10時台はものみごとにガラガラでした。みんな節電と、計画停電対策のため、かなり早い時間に帰宅してしまったからだと思います。お店もあまりやっていませんし。

10時には、私が通ったお店は、一部の居酒屋さんやレストランを除いて、パチンコ屋・カフェ・たこ焼き屋・中華料理店・ゲームセンター・お弁当屋、みんな、すでに閉まっていました。

道路はそのころにはやはりガラガラ、駅づけの空車のタクシーの列が、隣の駅にまで届いていました。被災地ではあんなに足りないといっているエネルギー、タクシーはガソリンではなくLPGだとはいえ、大変皮肉なことです。

あと気づいたのは、やはり、ずいぶん自転車が増えました。駅に向かっても、駅からも、ふだんの数倍の自転車を見たような気がします。駅の自転車置き場も一杯で、係のおじさんが忙しそうに整理をしていました。

電車が混んでいることを除いては、ヨーロッパの街に似ていると感じました。ヨーロッパですと、だいだい午後7時を過ぎるとレストラン以外、ほんとうに、どこもかしこも閉まってしまうので、それまでにだいたいの買い物や外出を済ませておかないといけないからです。

また、部屋の中も日本人基準から言うと、かなり薄暗く、ホテルは、ある電気を全部つけても、え、これだけ、という明るさです。でもみんな、それであたりまえだと思っています。(もちろん、これは目の色素の濃さの違いなのか、ライフスタイルの違いなのかは一概にはいえないと思います)

わたし達は電力をこれまで、自分たちのライフスタイルにあわせて増やす、という方法を採ってきました。しかし、そうではなく、今現在、環境と折り合いがつく電力量の中ではどういう生活をすべきか、そのように、逆算をした方法が必要になるのかもしれません。

電力需要の逼迫は予断を許さず、節電の努力を緩めるべきではないと思います。そして、その中で、新しいライフスタイル、幸せを探していくのでしょう。

私が今回の地震で、大きく変わったのは、夜の仕事や外出がほとんどなくなったので、ほぼすべての夕食を子どもたちと食べる毎日だったことです。私は料理は得手ではないので、ふつうの家庭料理のメニューばかりですが、家の料理を家族揃って食べる、そんなあたりまえの幸せが、生活の礎にあるのかも、と思いました。

とにかく、すべてのことを、考えて、考えて、考え直して、そして、新しい生活を切り開く、それが必要だと感じています。

このエントリーをはてなブックマークに追加

勝間和代オフィシャルメールマガジン 登録無料
ページの先頭へ