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November 04, 2010

ハイチ訪問記~貧困への処方せんは、「教育の徹底」と「差別の撤廃」による「自尊心の育成」

Chabo!による寄付先、JENの支援先の一つであるハイチに、10/31~11/5の日程で訪問・視察してきました。

このエントリーはトランスファー地であるグラドループから書いています。ハイチにはパリまたはNY経由で片道2日近くかかるので、中2日半ほどの強行軍でした。

ハイチは2010年1月に大地震があり、その支援に日本のNGOであるJENが向かっていて、住宅資材の供給や、壊れた井戸の修繕、地元ボランティア400人を募集・組織化した衛生教育などを行っています。

JENと協同で行っているChabo!には、小宮一慶さん、神田昌典さん、和田裕美さん他10人の著者と、その共著者が参加し、印税の20%を寄付して、被災国・戦争国の自立支援にあてています。

訪問写真は、こちらにまとめています。

Jen1 Jen2 Jen3

そして、今回、ハイチに訪問してつくづく感じたことは、貧困の解決には

・教育の徹底
・差別の撤廃

しかないということでした。

なぜそう思ったのか、それは、イスパニョーラ島を東西に分けて、西にあるハイチと、東にあるドミニカが、なぜこんなに発展が分かれてしまったのかを考えたときに、たどりつく結論です。

ハイチとドミニカでは、1人当たりのGDPが8倍も違います。気候や有している鉱物資源などは同じにもかかわらず、です。

ハイチは今年1月の地震で、23万人が亡くなり、300万人が被災しました。そして、各地に被災地キャンプができましたが、そこに、家も仕事もなくした人たちが押し寄せ、いまでも行き先を失っています。

ハイチの産業はコーヒー、砂糖、ラム酒、アパレルなどですが、国際競争力はあまりありません。農地は荒れたところかつ小作が多く、食糧自給もままならず、アメリカから大量の援助を受けています。

ハイチのあるイスパニケーラ島ははもともと、インディオ系のタノイ人が住んでいましたが、スペイン人の入植と侵略、それに病原菌により、一部の混血を除いてほとんどが死に絶えてしまいました。

そこにスペイン人、そして、島の東部をスペインの弱体化に合わせて占領したフランス人が、西アフリカから砂糖畑やコーヒー用の奴隷として多くの黒人を入植させ、現代に至っています。

ハイチに行って驚いたのは、そのほとんどの住人がアフリカ系であることです。しかも、風景自体はよりカリブ諸島のよりトロピカルな感じですので、サバンナなどに多い長身の黒人たちが、椰子の実の側を歩くのは、不思議な合成写真のようでした。

実際、島民は95%が黒人、5%がムラート(白人との混血)です。

ハイチは解放奴隷などが蜂起をして、1804年にフランスから独立するのですが、その後、以下のような政策が長く行われました。

1. 教育の機会を上層部に絞る
2. 黒人 vs ムラートのような、人種差別を助長する
3. 一部の富裕層が国の富を独占する

結果として、いまでも公立学校でカバーされる生徒は20%しかいないため識字率が実質30%台と低く、なかなか産業が育成されません。

また、黒人とムラートも、その時の政権によってどちらの方が優位だということがコロコロとかわり、自尊心をそぐ結果となっています。

そして現在も、4つくらいのファミリーが国の産業の大半を握っており、富が大きく偏在しています。

そのため、優秀でやる気があるハイチ人はどんどんアメリカなどに移住してしまいます。また、今回の地震のような形で家を失った人たちは、援助に頼るメンタリティがあり、なかなか自立をしようとはしません。

現地の識者に何が一番ハイチにかけているのか、尋ねたところ

「Respect」

という返事でした。自分に対しても、人に対しても、政府に対しても、相手を尊重する、という気持や習慣が育成されていないそうです。

一人一人のハイチの人たちはとても働き者で、親切で、人柄もおだやかです。ところが、それを上手に束ねて、ハイチの人一人一人の能力を最大限まで

「Develop」

するリーダーシップがありません。大統領も利権争いになり、コロコロとかわっています。

したがって、どんなに時間がかかろうとも、若年層の義務教育を徹底すること、各地のコミュティでリーダー層を育成すること、それにつきると感じました。

JENが提供する井戸は、子どもたちを水くみから解放させ、学校へやる手助けになります。衛生教育のために募ったコミュニティのボランティア・リーダーたちも、現在は衛生教育のみですが、これから、さまざまな分野に活躍の場を拡げてもらうことが可能でしょう。

そしてまだ、アイデアベースですが、アメリカなど各地に散ってしまったハイチの人たちをもう一度、故郷に呼び寄せることでリーダーシップを取ってもらうこともできると思います。

実際、私たちが直した井戸の地域で、NYでアーティストをしていたというハイチ人が帰ってきており、地元でリーダーシップを取っていました。

ハイチはとても美しい島ですが、街も、地方も、ゴミがあふれています。ゴミはゴミ箱へ、排泄はトイレで、水はたまり水ではなく井戸の水を飲むこと、この3つを徹底するだけでも、ものすごく、違った光景になることでしょう。

そして大事なことは、どうやってハイチの産業を育成するかということです。美しい山と海がありますから、ドミニカのように観光を振興することもできるでしょう。ただし、そのためにはインフラの強化が必要です。

また、競争力を失いつつある繊維産業を、もう一度、一人一人の能力を生かして再生することも考えられます。実際、街でさまざまな絵やアートが売られていましたが、これをうまく商用にのせることができれば、大きな付加価値が生まれるでしょう。

もうすぐ大統領選です。ほんの少数の候補者ですが、しっかりとハイチの将来を見据えた候補者もいるということです。

例外なくキラキラとした目を持った子どもたちが、大人になったときに仕事もなく、援助に頼るような生活にならないように、JENも、私たちも、そして、日本人・世界の人ひとりひとりが、なにができるのか、考え続けたいと思います。

なお、JENの寄付は下記で受け付けていますので、もし興味を持った方がいらっしゃったら、アクセスしてみてください。

実際、私はJENの視察に行くたびに、ほんの数日なのに、その気候やインフラの過酷さに、だいたい1度は気分を悪くして、吐いたり、熱射病になったりしていますので、そこで活動しているインターナショナル及びローカルスタッフのみなさんには、頭が下がる思いで一杯です。

ぜひとも、国際貢献ということ、そして、自立のための支援は何が必要なのか、この記事を読んで、考える機会にしていただけますと、幸いです。

JENのハイチ事務所のみなさま、視察同行の皆様、そしてChabo!の原資となっている読者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

2010 11 04 [2.実体験観察から] | 固定リンク

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