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January 15, 2005

「共感覚」から考える脳の仕組み

共感覚者の驚くべき日常

今回は「共感覚」の話です。

「共感覚」という言葉自身に初耳の方が多いと思いますが、非常におもしろい概念なので紹介したいと思います。

共感覚はシネスージア(Synesthesia)と言われるもので、「味を形で感じる」「音を色で感じる」「言葉を体の動きで感じる」など、通常とは別の感覚で物事を感じることを言います。具体的には、例えばチキンの味について、「このチキンは味のとがりがたりない」とか、ポケベルの音を「赤くて広がるいやなシミ」という表現になるわけです。

共感覚については多くの書籍・研究がありますが、中では共感覚者の驚くべき日常という本が一番わかりやすいと思います。この中では、著者の隣人がチキンの味わいを「とがりがたりない」と言ったことから、研究が始まります。芸術家に多くいたようで、詩人のランボーも共感覚者だったと考えられ、共感覚を元にした詩が残っています。

共感覚はふだん、無意識化で行っている各種の感覚認知が、一部の人だけですが、その処理プロセスが意識層に入ってくることで、味を形に、文字を音楽に、音を色に、解釈する現象であると考えられています。

また、これまで考えられていたような人間の考え方の仕組みは単純ではなく、「情動(Emotion)」がすべてを支配しており、「意識」も我々の情動の一部にしか過ぎないということも最近の学説では多く語られています。したがって、意識の方法は人によって異なるので、共感覚、というものが生まれるわけです。

もともとこのトピックに興味を持った理由は、私がフォト・リーディングをするようになってから特に顕著になりましたが、しばしば本を読んでいると、頭の中で音楽や人の声が鳴るようになったためです。たぶん、みなさんの中にもそういった経験があった方がいるのではないでしょうか?

また、共感覚がある人は、フォト・メモリーがある場合が多いようです。例えば私の場合、最近に友人の結婚式に出席したときに、友人の配偶者となる新婦さんの顔を見たときに、20年近く前の高校生の時に行ったスキースクールにいた、ということをその宿の雰囲気、スキーウェアと一緒に思い出しました(実際にその方でした。先方は全く記憶になかったようですが)。

共感覚者は10万人に一人くらいと言われています。こういう主観的な感覚はどこまで共通なのかもよくわかりませんし、フォト・メモリーも自分のものが人より鮮明なのか、不鮮明なのかも判断がつきません。

しかし、脳の仕組みをこれまでの直線的・機能的・普遍的なものから、複線的・情動的・個別的なものに捉え直すという研究は確実に進んでおり、マーケティングでもよく「エモーショナル・マーケティング」や「カスタマー・エクスペリエンス」などの横文字で情動を中心にした考え方が進んできたのがここ10年の流れだと考えています。

ぜひ機会がありましたら、一度、「共感覚」や「細胞記憶」といった新しい学説に触れてみることをお勧めします。きっと、日常のものの見方や体験が違った視点から見えるようになってくると思います。

2005 01 15 [3.お勧めの書籍] | 固定リンク

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コメント

投稿者: N2 (Jan 30, 2005, 9:25:36 PM)

はじめまして、N2と申します。
「共感覚」でサーチして、このブログにやってきました。
私自身、「視覚→触覚」タイプの共感覚体験があり、「共感覚者の驚くべき日常」を読んでインスパイアされたこともあって、自分のサイトに共感覚のコーナーを設けています。

フォト・リーディングの話が興味深いです。
「共感覚者のー」でも紹介されている、記憶術師のSは共感覚者でもありましたが、彼の思考の特徴は全てを視覚的イメージで思考する「像的記憶」だった、と分析されています。
視覚イメージで認識することで記憶力を上げることができるとして、共感覚まで惹起できるのなら、すごいことです。

投稿者: ムギ (Feb 1, 2005, 1:18:47 AM)

N2さん、こんにちは。

コメントありがとうございました。また、共感覚について、サイトを読むことで、よりよくわかりました。

たぶん、無意識の中では感覚はもっとごしゃまぜなのが、意識の方で無理矢理聴覚、触覚、視覚みたいに分けているので、共感覚みたいなことが起きるのかな、といまは理解しています。

おっしゃるとおり、フォトリーディングで共感覚が開発されるのでしたらおもしろいと思いますが、実際にだんだん画像と、文章と、音楽と、区別つかなくなってくるんですよ。

フォトリーディングをしていると、頭の中で著者が話し出したり、クラッシックに近いような音楽が鳴ったりしてきます。

もっとも、フォトリーディンクの「ミカン集中法」でも、確かにほとんどの人がミカンを頭にイメージしたり、むずがゆさを感じられるはずですから、感覚はみなもともと鋭敏なのだと思っています。

またおもしろいことがあったら、報告させてください。

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