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December 25, 2004

「細胞記憶」についての補足

細胞記憶とは何か?

なぜ音声学習が効果的かというエントリーで、簡単に細胞記憶、という概念について触れました。

細胞記憶の概念についてなじみのない方に、もう一度簡単に説明しますと、人間の記憶は、脳細胞だけではなく、体の各種細胞、例えば心臓・角膜・胃・腸・筋肉といった体中にある臓器などに蓄積されているのではないか、という仮説です。

この仮説が大きくクローズアップされたのは、近年の臓器移植の発展に伴い、実際に臓器移植を受けた人たちが、臓器提供者の記憶や行動パターン、嗜好が色濃く出てくる、という事例が相次いだためです。

細胞記憶、という概念は私が今年1年間に触れてきた学説・仮説の中で一番センセーショナルなものでしたので、今でも強い興味を持っています。なぜそんなに興味を惹かれるのか、といぶかしがる人もいると思いますが、知性や脳の限界についてこれまで考えあぐねたり、悩んだりした人にとっては、すごいブレークスルーだと感じています。

文字通り、「頭ではわかるけれども体がついていかないんだよな」という悩み、そうか、当たり前なのか、と納得した次第です。一方、音声学習がなぜ体に染みいるのか、きっと、細胞学習だからではないでしょうか?

心肺同時移植をうけたクレアが体験したこと-記憶する心臓

表紙

実際に細胞記憶を体験した心肺同時移植患者の手記である「記憶する心臓」という本にたどりつき、その中で学説を含め、より詳しい情報が手に入りましたので、再び、細胞記憶に関して、よりわかりやすいよう、ポイントを紹介したいと思います。

クレアはダンサーで、40代の時に難病にかかり、18歳のバイク事故で死亡した少年ティムから心肺の移植を受けました。無事健康を取り戻したクレアは、もともと勘や感性に優れていたこともあり、以下のような体験をします。

-3日後のメディアのインタビューで、なぜかこれまで好きでもなかった「ビール」を飲みたい、と答えた
-退院直後、食べ物の嗜好が変わった。嫌いだったピーマンが好きになり、チキンナゲットがたまらなく食べたくなった
-そして5ヶ月後、夢の中で決定的なティムと邂逅をします。夢の中にティムが出てきて、心臓と肺を提供した自分がティムであると言うことをクレアに名乗るわけです
-そのとき、クレアは臓器提供者が誰か、と言うことは秘匿されているため、ティムだと言うことがわかるわけもありません。その後、新聞記事を不思議な偶然から検索したときに、やはり臓器提供者の名前が確かにティムだと言うことが事故の記録からわかりました
-その後も、クレアは例えば自分の中にいるティムにより、完全なヘテロセクシュアルだったのが女性に惹かれるようになったり、あるいはティムの要請でバックパッカーのような旅行に出かけるなど、さまざまな行動様式の変化に出会います
-クレアが調べたところ、このような体験をしているのは臓器移植者には多く、多くの人が嗜好の変化や性格の変化を経験していました

クレアの体験への様々な学説

クレアの体験については、多くの学者は「思いこみである」と徹底的に否定にかかりました。一方、好意的な学者も多く、いろいろな仮説でクレアの体験を説明しようとしています。

例えば、好意的な学者の一人にJさんが紹介してくれたディーパック・チョプラがいます。私はつい最近まで、この氏の名前すら知らなかったのに、たったの数週間で2度も、しかも全く違うきっかけから知るというのは、不思議な偶然を感じました。

他には、細胞学習の概念をキャンディス・パートという生化学者が、人間の思考はニューロペプチドとその レセプターであるアミノ酸が反応してニューロンに電気的な反応が起こることによってできる。しかも、そのニューペプチドは脳だけではなく、胃、心臓など広範な細胞にわたり蓄積されている、という仮説を紹介しています。

他の有力な学説としては、人間の意識や感情は本来、テレビやラジオの受像器のようなものであり、偏在意識や系統記憶など、モノや臓器が蓄積しているエネルギーを受診することによって記憶として蘇るため、サイコメトリーと同じ原理で感情を分かち合うのだ、という説もあります。

この学説は、すでに別のエントリーで紹介した瞑想へのいざないはもともと翻訳物でして、そのオリジナルを作っているワイス博士の理論でもあります。

いろいろなものが一つにつながってくる不思議さ

また、クレアの体験を否定する学者であっても、細胞が何らかの意志を持つ、ということについてはすでに多くの学者に受け入れられてきています。それを普遍して、もっと集合体による大きな意志があるのではないか、と考える説も多く、さらにそれが量子力学や量子論という概念で支えられつつあります。

この細胞記憶の本を読んだだけでも、ディーパック・チョプラやワイス博士など、たまたま、本当にたまたまピックアップしたCDが、たまたまネットで検索して買った本でつながってくるなど、おそらく、ちょうど私がこの分野に自分の受像器をセットされているため、そういうものに反応しやすくなっているのでしょう。

そして、その受像器の発信をこの場でさらにブログやメルマガとして受信している読者の方も、おそらく何らかの理由で、そういう情報を欲しているのではないかと思います。

細胞学習についてはまだ調べ始めたばかりですので、より詳しいことがわかったらまた紹介したいと思います。

ぜひ、そういうものがある、ということを理解していただければ幸いです。

2004 12 25 [2.音声学習のこつ] | 固定リンク

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